- 2007-11-17 (土) 17:04
- 幻のコラム
今年に入って忙しい日々が続いていたが、昨日、偶然早稲田大学の近くで時間が空いた。そこで大学周辺を1時間程散策した。私が大学にいた1965年~69年の頃の匂いは全くなかった。その事自体に少し淋しい思いはしたものの、「ちょっと待てよ」と思った。そしてこんな事を考えた。
1945年にこの大学に通っていた人達は、その20年後の僕等が居た時には、今私が持つよりも、もっと強い「差」の感じを持っただろうということである。歴史の流れの速度は、速い時と遅い時があると思う。1945年からの20年間は、その速い時にあたる。だがそれは、その時には実感できないものだ。しかし、私の1965年~69年は、その「速さ」が私には実感できた時だったと思われる。
さて、この種の思いは、時の移ろいへの郷愁といえば一言で済む話であるが、それぞれの人間がそれぞれの時間をこの場所で過ごした。そしてそれぞれの場所へと移っていった。それだけのことなのであるが、その時ここで持った思いと、確かに私の内にあった「情熱」みたいなものへのノスタルジーが今も強くある。これが何故なのか、何なのかを、私はこれからのテーマとしてみようとこの1時間の散策で思いついた。
だから次回以降、何回かにわたってこのコラムで、私が1965年~69年ここでどんなことをやっていたのか、何を感じていたかを思い出してみようと思う。
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コメント:4
- 落武者 07-11-20 (火) 12:55
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インターネットの登場はこの10年で革命的な流れを作りつつありますが、宮崎さんのご指摘はもっと深い流れの事かと存じます。
- 一花 07-11-24 (土) 2:45
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めんどくせぇことは、どうでもいいけど
どうやって生きてきたんだ市民もかっこだけじゃなくほんちゃんでいきてんだ。なめんなよ。 - 一花 07-11-24 (土) 4:24
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あまいで
読者諸君
いかにはんぱのケジメのつけかたろん
考えなさい!
本当にケジメつけたきゃ
考えなさい! - TAMO2ちんの日常 07-11-29 (木) 20:39
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マルクス主義左翼は差別者である
(承前)
マルクス主義は歴史の原動力に階級闘争を見る。そして、我らが生きる資本主義社会において二大階級への分裂を予言する。実際の歴史はともかく、脳内構図としてはそういうことだ。で、知識人は本質的にブルジョアで、しかし零落する可能性が極めて高いものとされて「自らの運命を知るとき」プロレタリアートの側に立つ。
こうしてプロレタリアートの外部としての知識人が外部注入を行なう。今の理論はもっと複雑だが、まあいいや。そして、外部注入された革命意識(理論)に従ってプロレタリアートは社会改良〜革命に決起す…
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