- 2007-11-10 (土) 14:05
- 幻のコラム
民主党の小沢一郎氏の辞任騒動を見て、ふと考えた。そして自分があの小沢氏の立場であったら、同じことをやってしまうだろうと思った。
党内に対する説明不足、一度記者会見で発表した「辞任」の表明を覆したこと、渡辺恒雄氏等の仲介を受け入れたことへの違和感等々、批判が数々あることは百も承知の上での行動であったと推測される。
今回の小沢氏の考えの根本には、自民党の中枢にあった彼にしかわかり得ない独得の「自民党の終焉」への直感があった。前回の参院選の結果、国会が機能不全に陥り、もはやこれまでの自民党・公明党の政権与党が成り立たなくなっている。そうした時、敵=自民党の内部に大きく手を突っ込んで、終焉のスピードを加速する。そのような発想は、メディア等が得意気に語る「開かれた政治」からは生まれてこない。むしろ、後に起こる自らの責任についての批判を度外視した、ある面では捨身の行動、それは「ボス交」とも言われるような行動が、歴史を動かすことがある。小沢氏の考え方がこれだったのではないかと私は思う。
しかし、この「直感」を今の民主党の党内的説明をいくらしたとしても、賛成を得られることは絶望的であったろうし、むしろこの際と、足を引っ張られることの方が多いとの判断を小沢氏がしたとしても、それは大いに納得できる。
「自民党の終焉」という絶好のチャンス、しかしそれを理解し得ない民主党の大半ということで、小沢氏には「先」が見えてしまったのだろう。その意味では、「先が見えることの不幸」であったと思う。こうしたことは、よくあることでもある。
11月8日、台湾の畏友、陳啓禮氏の葬儀に参加しながら、ふと考えた。
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