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書評『近代ヤクザ肯定論』 佐藤優 文藝春秋2007/9月号

ヤクザ組織の内在的論理を社会学的に解き明かす

評者 佐藤優(起訴休職外務事務官・作家)

 ソ連時代末期から、ロシアではマフィアが政局に与える影響を無視できなくなった。ロシアの場合、表の世界と裏の世界が未分化なので、国会議員や有力企業家で、同時にマフィア幹部という事例も少なくない。評者が現役時代に付き合っていた要人にもこの範疇の人々がいて、その内、二人がカラシュニコフ銃で蜂の巣にされ、一人は爆弾で粉々にされた。クレムリン高官、国会議員、学者などから「日本のヤクザについて教えてくれ」という質問をよく受けたが日本人の書いたもので、ロシア人の知的関心を満たす作品がなかなかない。評者は、これまでイスラエルの日本学者ヤコブ・ラズ教授の『ヤクザの文化人類学』(岩波書店)で展開した分析を援用して説明していた。今回取り上げた本の著者である宮崎学氏は、京都の寺村組組長の息子で、幼少の頃からヤクザ文化に慣れ親しんできた。その特権的地位を最大限に活用し、本書でヤクザの内在的論理を解き明かした。評者も今後は、本書の内容を踏まえた上で、ロシア人にヤクザについて知的好奇心をより満たす話をすることができる。

 本書の内容は暴力団批判でもなければ、山口組礼賛でもない。近代産業社会は、必然的にその仕組みに乗ることが出来ない人々を作り出す。そのような人々を受け容れる社会団体が必然的にできるという社会学的視座から書かれた「近代ヤクザ必然論」である。〈そもそも近代ヤクザとは何であったか。/遊び人の集まりだったわけではない。日本に近代社会が形成されるなかで、そこから疎外されていった者、周縁に追いやられていった者、そうした者たちは、生きるためにおたがいに結びつかざるをえなかった。その結合のひとつのかたちとして生まれてきた「組」的団結、それが近代ヤクザの基であった〉(二三九頁)。本書から、ヤクザ業界で山口組が急成長する基盤は組織力にあることがわかる。山口組は戦後の混乱期に一般の労働組合以上に神戸の港湾労働者の組織化に成功し、基礎体力をつけた。その頃、警察力が十分でなかった日本国家は、サブシステムとしてヤクザを治安維持のために利用する。しかし、国家は本質的に嫉妬深い存在で、暴力を独占したがる。ここから国家による山口組に対する徹底的な壊滅作戦が展開されるが、山口組はそれを生き延びる。その秘訣は、山口組が牧歌的な任侠社会主義から、官僚型組織と巨大資本による極道帝国主義に転換したからである。

 しかし、官僚型組織の統制下では、疎外され、周縁部で生きることを余儀なくされた人々は息苦しくなる。それに加え、経済至上主義がヤクザにも浸透してきた。〈素人がゲーム賭博に手を出すようになっていったのと対照的に、バブルのころになると、博徒が博奕をやらなくなってしまった。なぜか。ほかでもない。ビジネスの世界のほうが、バブル経済によって、すっかり博奕化して、そこでもっと大がかりなギャンブルができるから、わざわざ賭場に行く必要がなくなったからだ〉(三五九頁)。近代ヤクザは経済に溶解していきつつあるのである。ロマンチストである宮崎氏は、アジアを舞台に活躍する「超近代の無頼」が出てきて国境を越えたヤクザの形成に期待する。現実主義者の評者はロシアマフィアが国境を越え、経済ヤクザとの提携を強めていく可能性を懸念する。

 相手の内在的論理を正確に把握せずに的確な対処をすることはできない。ヤクザを相手にする企業や官庁の総務関係者にとっても本書は「実用書」としての価値をもつ。

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