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書評『近代ヤクザ肯定論』 前田年昭 週刊読書人2702号

下層社会からしか見えてこない日本近代の姿

評者 前田年昭(編集者・アジア主義研究)

 ある書店でヤクザ本コーナーに平積みされていたが、本書はむしろ歴史書(日本近代史)のコーナーにこそ置いて欲しい。体系的で網羅的にまとめられた近代日本ヤクザ史であるだけではない。強い者が勝つ、さらに勝った者が正しいという正史に対する歴史観の問い直し,いわば叛史の企てでもあるからだ。
 著者の問題意識はあとがきに示されている――ヤクザから見たとき日本の近代はどう見えてくるのか、そこからしか見えてこない近代の姿は何なのか。広範囲な取材、さらに「直接参照したものにかぎり」として挙げられた約二百にのぼる参考文献からの精髄を「山口組の九〇年」史に編み上げた渾身の労作である。
 第一章(山口組の誕生)、第二章(新興山口組の発展と衰退)、第三章(闇市の混沌のなかから)、第四章(港の顔役)と読み進んでいくうちに、読者は、山口組が神戸の地域社会に根をもち、港湾荷役と職域共同体から生まれ、芸能興行を含めた生業を通じて発展したことを知る(田岡一雄は終始組員に職業をもたせることに尽力した)。被差別部落民と在日朝鮮人を多く含む下層社会のメシの食い方であり、「ヤクザは親権力でも反権力でもない。生きていくため、みずからを権力として社会的に立てなければならなかった者たちの対抗権力だったのだ」。たとえば有毒ガスの発生する荷役現場で下請労務者の安全を守る実力闘争を山口組はやり抜く。一次下請・常雇労働者しか組織しえなかった既成の労働運動に対して下請アンコ労務者を組織した山口組の闘いの歴史的事実は、日本“左翼”の抜きがたい“上から目線”に対する批判でもある。
 本書の白眉は第六章(高度成長と全国制覇)で描かれた、絶頂にあった田岡一雄と山口組が高度経済成長期に基盤を浸蝕されていく経過であろう。機械をリースで借りた人夫供給業者が「機械付きで労働者を派遣」するかたちから、労働者を調達した機械リース会社が「労働者付きで機械を派遣」というかたちに変わっていった。港湾荷役の業態と労働組織の急激な変化はやがて、山口組をして自らが根ざしていた下層社会の基盤から遊離せしめていく。第九章(近代ヤクザの変質と終焉)では下層社会の統括者としての組の役割を終えたヤクザの変質、終焉に至る過程が描かれ、近代ヤクザ史が締めくくられる。
 宮崎氏の「近代ヤクザ肯定」論は、ヤクザを権力の狗だとする通説への反論としてヤクザの隠れた進歩性を立証しようとしたものではない。反動とされていたものを進歩として復権したとしても、反動自体のうちにひそむ意味を抹殺することになるからである。ヤクザ史から“暴力”を負の側面として取り除いて積極面を取り出そうという試みは歴史の偽造でしかない。事実、釜ヶ崎・山谷の労務者によって組織された釜共闘‐日雇全協に敵対したのもまたヤクザである。「肯定論」は下層の人びとの、メシを食うことを背骨にした歴史観として読まれるべきであろう。
 近年の派遣フリーターの急増は新たな人夫供給業者を伸展させている。労働現場では親方子方制関係はすでになく、港や寄せ場という地域のつながりもなく流動する、新たな難民、流民、遊民である。宮崎氏はどう見るのか、ぜひきいてみたいものである。氏は、ユニオン(組合)的団結に対するバンド(組)的団結の復興、民衆レベルでの相互扶助としての中国民衆の秘密結社「幇(パン)」の再生のなかに「超近代の無頼が生まれ出て」くることに希望を託す。「その萌芽は、いまのところ、ほとんど見られない……(にもかかわらず)その可能性が現実にならないかぎり、われわれはアジアで生きのびていくことはできないのではないか」との著者の熱い思いには心から共感できる。毛沢東と中国革命が劉志丹はじめアウトローたちを組織し、下層の遊民たちにメシを食えるようにした歴史的事実を評者は想起するからである。
 滅んでいった近代ヤクザを生んだ下層の人びとに対するやさしい視線のゆえにか、約九百枚の大著ながら一気に読める。予告された続編『近代ヤクザ論序説』(仮)の刊行が待たれる。

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