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借金考

本音のコラム(12回目)5月22日付

 金を借りる、金を貸すと言う行為はきわめて単純な契約に基づく経済行為であって、「道義」が問われる類のものではない。

 そして、この契約は、借りた金が返せなくなったときのことまで約定しているものである。

 もう一方で、「借りた金は返すのが人の道」という理屈があり、最近ではこれが横行している。「人の道」というのなら、最低限金利は取らないということになるのだが、高金利を取る者ほど「人の道」にうるさいようだ。「道義」は契約することなどできないものなのである。

 もともと銀行という存在はその本質は金貸しなのであるが、最近は国家からタダのような金利で無尽蔵に金を引き出す金借りに「成長」している観がある。そしてこの金借りは、利息の鞘を抜いて、本当の金借りに金を貸すのであるが、その低俗な経済行為さえ、貸しはがしに見られるように機能しなくなっている。

 この国において、金を貸す、借りるという経済の基本構造が、為政者の過剰な介入により完全に破綻しているというのが現状である。

 こうした時、住宅ローンを含み、借金を「マジメ」に返すのは、全くの愚行である。ためらいもなく全ての借金を堂々とそして明るく踏み倒す時が来たように思われる。どのような種類の借金であっても、踏み倒すことによって失うものは、なんの意味もない「見栄」だけである。

 ちなみに私などは、数十年前からこれを実行し、何ら不利益を受けていない。

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