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旗と歌

本音のコラム(9回目)5月1日付

 今日はメーデーである。この日がくると、砂を噛むような深い絶望感を持つようになったのはなぜで、いつ頃からだったのかを考えてみた。

 労働時間、最低賃金への要求を労働者が持つのは当然のことであったし、それを要求し運動を展開することもまた当然のことであった。

 問題はその運動を「組織」する党派の問題である。それらの党の内部において1日8時間労働や最低賃金制度は確立されていないと思われる。外に対して要求はするものの、自らの内においてはすべてが許されるという思想の問題は未消化のまま、今に至っている。ここに絶望した。

 99年、国旗、国家法案をめぐる論争の時に、反対する側(もちろん私はそうである)に私が問うたのは、赤旗とインターナショナルには賛成ということであれば、この法案に反対する普遍性は持ち得ないということであった。旗と歌で民衆の精神をある方向へ動員しようとすること、それ自体に反対するということであれば、それは一貫している。しかし、自分たちは「正しい」が故に敵対する側と同じ手法を採っても許されるというのであれば、整合性を持たない。敵対する側が行う戦争は悪であり、これに対して自らが行うのは正義の戦争であるとする思想と通底する。

 この頃、つまり国旗・国家法が成立した99年の頃から、砂を噛むような思いをメーデーに持つようになった。

 そして今年もその旗と歌の日、メーデーが来た。

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